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重層の上に立つ [おもいでがたり]

それは単に懐古したり旧交を暖めたりするだけではなく、
自分の知らない自分を発見する良い機会だったりもする。
 
先週末、高校の同窓会なるものがあった。
実は去年はじめて開催されたもので、引き続きの2度目である。
前回はまだ慣れなくてというか久しぶりの顔合わせということで
手探りな雰囲気がけっこうあったのだが、
今回は人見知り気味な私も打ち解けて、けっこう話が弾んだ。
 
「nalってさ〜なぜかnalだけ名前で呼び捨てだよねぇ〜。」
 
「他のオトコのコには”クン”って付けるのに」
「この年になってもnalはどうしても呼び捨てで呼んじゃうね♪」
 
とあるオンナのコのグループにそうからかわれ、イジられた。
それは小中学校から同じだった昔馴染みのグループだった。
そしてその後も、
いわゆる「お人好しで真面目な少年」に対するような扱いで、
「何!?nalがそんなにオサケ飲むの!?」なんて
この年になって何故なツッコミを受け、その場は大いに盛り上がったのだった。
 
しかし、まったく違う角度から私も見ている人も居た。
 
「nalって、丸くなったよねぇ〜。」体格の話ではない。
「高校の頃って、すごくクールで近寄りがたい雰囲気だったのに。」
「すごく話しやすくなったよね。」
  
そうか、そう感じている人も居たんだ。
  
しかし自分にもちゃんと身に覚えはある。
恥ずかしながら、高校2年生になった時私はクラスで愕然としていた。
どんなロシアンルーレットか知らないけれど、
友人と呼べる友人が一人も居ないクラスに放り込まれたのだ。
当時はしばらく昼食の弁当を食べる相手を見つけるにも苦労した。
おそらく一学期のあいだくらい私は心の許せる友人に出会えなかった。
それならばと「自ら一人で居るんだぜ」な近寄りづらいオーラを
発していたのは私自身だったのかもしれない。

何人もの同級生から、同一人物を語っているとは思えない人物像を語られ、
それがものすごく興味深く、また面白かったのだ。
    
   
そして、2年ほど前のことを思い出していた。
2年ほど前、大学のサークルの小さな同窓会があった。
その時、何でもズケズケと物を言ってくれる同級生のオンナのコが、
面と向かって私にこう言い放ったのだ。
   
「nalクン、当時はよくもまああんな無茶苦茶なことが出来たね!」
「誰もかなわない、恐ろしいオトコだとものすごく思ってたよ。」
   
すると隣のオンナのコもその席に入ってきて「そうだそうだ」と同調した。
”そ、そこまでイヤなヤツだと思われていたのか〜”
否定は出来ないけれどあまりに皆が昨日のことのように語るのでうろたえた。
しかしこれも大いに身に覚えは、ある。
当時の自分の行いを省みると剃髪して人生謝罪の旅に出たいくらいだし、
確かに私はここには書けないような人を人とも思わない人間ではあったけれど、
少なくとも自分で自分の行いを誰にも語ったことはなかった。
他人を巻き込むようなことに関しては一切口をつぐんで
悩みも憤りも一切を口にしたことはなかったからだ。
なのに誰もが一様に当時の私にそういうイメージを抱いていたのには驚いた。
逆に何も語らなかったことが負のイメージを増大させていたということか。
私の大学の頃の人物像は人の良さそうな顔して「血も涙もないヤツ」だったのだ。


ピンポイントな人たちではあるけれど、
6歳から22歳までの様々な世代の友人たちから知らされた、私の人物像。
 
それはお人好しな優等生からクールな人、非道な人間というものまで、
とても同じ人物を語るとは思えないようなものだった。
そして自分で言うのも申し訳ないけれど、身に覚えは確かにある。
あるけれどそこまで様々な印象を与えていたことに驚くと同時に、
自分の覚えていないことまで周りが鮮明に覚えていることにも驚かされたのだ。
おそらく、人の数だけ私の人物像は異なるのだろう。
そして異なるエピソードを鮮明に覚えていたりもすることなのだろう。
翻って今の自分は何者なのか。
自分的な評価としては、それらの印象たちが全部現在の自分には内包されていて、
それが混ざり合って場面毎に少しずつ異なるイメージを与えているのだろう。
今もなお進行形で、いくつもの少しずつ違う自分がそこら中に居る。

でも自分で感じる根っこは、たぶん一番幼いころだろうと思う。
お人好しで、引っ込み思案。そして扱いやすい人間。
その上に、自己防衛のためなのかその時の立場からなのか、
いろんな自分が重層になって重なり続けている。
 
同窓会って何であるんだろう?

私は昔の人間関係よりも新しい場所を見がちで、
高校に行くと中学の人間関係をないがしろにしてしまうし
社会人になればかつての人間関係をぞんざいにしてしまうような所があったのだけれど、
そうではなく。
 
たくさん出会った人たちを大切にしなければならない。
そして今この瞬間も、出会う人たちを大切にしなければならない。
人見知りがちな私だけれど、そんなことを強く感じた週末の出来事であった。

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